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それでもキミを想うから。

 以前から年末でアイマス語ろうとか思ってて、年末振り返りネタなら自分がアイマスに堕ちていく道程でもとか思ってたんですが・・・ぶっちゃけ覚えてない。
 いえ、月ごとにどういう変化があったのかとかぐらいなら覚えているんですが、いざ書き出してみたら殆どメモレベルな内容だったんですよねー・・・後発組だから結構新旧作ごたまぜで見てたんで、ニコマスの流れとやや違うから、そこらへんの歴史使って整理出来ないし。あと、P名も本格的に覚え始めたのってここ二ヶ月だからなぁ(なので、後から見返して『この人か!』って思う事が多いこと多いこと・・・)。
 で、まぁ色々考えた結果、自分がアイマス動画を見てきた中で、ターニングポイントとなった動画の話でもしようかと。つーか、好きな動画なんか上げたらキリがないし(笑) キャラ別やら方向性とかでティン!とくるものは変わってくるし、決められるわけがない(ある程度の縛り・・・それこそPさん別やらキャラ別にやってくならまだしも)(それでやっても多分終わらない)。
 いえまぁ、確かに影響を受けた動画ってのも上げたらキリがないですよ?それこそキャラとか技術とか演出とかに対して見方が変わったものとかありますし。でも、そういうものじゃなくて、もう本当に『アイマス動画』ひいては『アイマス』というものに対しての見方が変わった、というのは後にも先にもこの作品だけだと思います。


ノリスケP。(すみません、P名を間違って表記していました・・・!!!)

以下隔離。
 この作品に惹かれた最大の理由って一言でいえば、この作品が『アイドルマスター』というゲームそのものを包括しているから、だと思います。
 ご存知の通り、アイマスというゲームは限られた53週という時間の中で、女の子をプロデュースをしていくゲームです。ただし、その方法は多種多様で、クリアの仕方や果てはプレイ方法ですら束縛がない、といっても過言がないほど自由度が高く、そんな中で各々のPさん達が女の子をプロデュースしていく中で、彼女達との思い出を築いていきます。けれど、それは53週という期間だけの話。それが終われば消えるんです。それこそ泡沫の夢のように。記憶も、道程も、何もかも。たとえ、次に同じ娘を選んでもその娘は、今までプロデュースしていた娘とは違うんだ、って。少なくともリセットをせざるを得なかった雪歩と真のユニットは、以前と同じユニットとは思えなかったし、再スタートした時にはそういった寂しさがありました。
 この作品はそういった要素を上手く取り入れてるな、と思います。時計の演出然り、楽曲の歌詞然り。確かに、キャラクターのバックグラウンドを取り入れた作品は多いです。ですが、ここまでアイドルマスターという作品そのものを表現した作品はないと思う。非常に華やかに歌い踊るアイドル達の映像に反して、アイマスをプレイした事があるプロデューサーにとってはある意味、寂しい動画なんです。進んだ時計は戻らないから。
 で、ここからは演出面の話。一つは雪歩の『ワスレタクナイ』という言葉。さっきまではプレイヤー視点ばかりの話でしたが、この動画にある言葉はゲーム中のPではなく、プレイヤーそのものへ向けた言葉なんですよね。忘れてしまう事が嫌なのは自分もだ、っていう台詞。そこに本来はゲームのキャラでしかない雪歩に、『雪歩』という一個の存在として認識されるんじゃないかと(余談ですが、ここで敢えて表情を見せてないのがまた切ない・・・)
 同様の手法はカウントダウンが終わって画面が切り替わる瞬間の、雪歩がこちらに手を振っているシーンでも採られています。ここで初めて、その時の雪歩(=アイドル達)から別れをプレイヤーに告げられるんです。でも、その後のブラックアウトの仕方がテレビそのものだから、嫌でもそれは虚構だと叩き付けられる。それでも、いえだからこそ、最後の最後で写る写真が、そこに在る言葉が愛しくて、切ない。お別れの歌詞と、感謝の言葉が。
 さて、ここで敢えて飛ばした二つの演出のお話。見た人はお分かりかと思いますが、手を振った後と、ブラックアウトする間に一つのコミュ映像がありますね?それは雪歩との最初の出会い。ここで敢えて雪歩を振り向かせていあにのは、プレイヤー側に全てを委ねたからなんでしょうね。それは、この『雪歩』がかつての『雪歩』の記憶があってもいいし、なくてもいい。少なくとも、プレイヤー側はかつての『雪歩』とのお別れは出来て、その思い出はきちんと胸に刻まれているから。だから記憶のない『雪歩』であってもこれからまた頑張れる。
 そして、飛ばしたもう一つの演出についてですが・・・この演出は、一番最初にあるんです。それは『初めまして』『またよろしく』という二つの言葉。ここまでの文章を読んで下さったならお分かりかと思いますが、この二つの言葉、かなりの解釈が出来るんです。最初は誰から誰に向けたものかすら分からないと思うんですよ。それこそ、『Pの台詞だろ?』ってくらいの認識(ただし、これだと『また』の意味が分からないのですがね)。自分も最初はそうでした。ただ、この作品を見終わった後は、『雪歩』は『雪歩』じゃないのかと思って、それじゃあこれは『雪歩』からプレイヤーへの言葉かなと思い直したんですよ。ただ、きっとこれはそれだけじゃなくて、プレイヤーから『雪歩』へのひいてはアイドル達への言葉なんだろうな、って。でも、実際のところ、この言葉に対しての正解ってないと思うんですよ、多分全部含まれてるし、一見しただけじゃ気付かない。何度も見て、何度もアイドルマスターという作品を繰り返してようやく見えてくる・・・そういうもんじゃないかなって。
 あー・・・なんかエラく支離滅裂な文になってきた・・・自分でも読み返したくねぇ(笑) というわけで、唐突に終わる(おま) まぁ、この動画の良さってアイマスをプレイした人にしか分からないと思うので、持ってない人は早速買いに走るよーに!
 
 と、まぁ色々と好き勝手に喋らせていただきましたが、今後ここまで一つの動画に対して語る事はそうそうないと思います。それは、自分があらゆる『作品』という存在に対して、等距離をとっておきたいから。強過ぎる思い入れは間違いなく害悪にしかならないし、周りに迷惑をかけるどころか、その作品にすら悪影響を及ぼしかねない。といっても距離がある事=好きじゃないって事じゃないですしね。重要なのは、関わり方というか接し方とでもいえばいいんですかね?まぁ、といっても好きなもんは好きなんですけどね!( 色 々 台 無 し )



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